大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)216号 判決

愛知県刈谷市〈以下省略〉

上告人

小林記録紙株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

石原金三

石原達夫

石原真二

平石孝行

東京都千代田区〈以下省略〉

被上告人

公正取引委員会

右代表者委員長

根來泰周

右指定代理人

粕渕功

右当事者間の東京高等裁判所平成8年(行ケ)第179号、第188号、第189号審決取消請求事件について、同裁判所が平成9年6月6日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人石原金三、同石原達夫、同石原真二、同平石孝行の上告理由第2の1について

本件カルテル行為について、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反被告事件において上告人に対する罰金刑が確定し、かつ、国から上告人に対し不当利得の返還を求める民事訴訟が提起されている場合において、本件カルテル行為を理由に上告人に対し同法7条の2第1項の規定に基づき課徴金の納付を命ずることが、憲法39条、29条、31条に違反しないことは、最高裁昭和29年(オ)第236号同33年4月30日大法廷判決・民集12巻6号938頁の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

同第2の3及び5について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、実行期間において引き渡した商品の対価の額を合計する方法ではなく実行期間において締結した契約により定められた対価の額を合計する方法により課徴金の計算の基礎となる売上額を算定し、かつ、その際に消費税相当額を控除しなかったことが違法ではないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 金谷利廣)

(上告理由書)

(平成9年(行ツ)第216号 上告人 小林記録紙株式会社)

上告代理人石原金三、同石原達夫、同石原真二、同平石孝行の上告理由

第一 序論

上告人、大日本印刷株式会社、トッパン・フォームズ株式会社(以下上告人らという)及び訴外株式会社日立情報システムズ(以下日立情報という)らは、平成元年8月9日から同4年9月1日までの間、8回にわたり実施された社会保険庁における指名競争入札の方法により発注する国民年金、厚生年金等の各種通知書等に係る貼付用シール(以下本件シールという)の入札に関し、いわゆる談合を行い、あらかじめ受注予定者を決定することにより、社会保険庁が発注する本件シールの供給に係る取引分野における競争を実質的に制限していた(以下本件カルテル行為という)ことについて、被上告人が上告人らに対してなした課徴金納付を命ずる本件審決が適法であるとした原判決は、明らかに憲法の解釈に誤りがあり、かつ判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

本件審決に関し、上告人らが、被上告人における審判手続及び原審において、本件具体的事例において課徴金を課すことは違法である旨主張し立証してきたが、原判決はこれに何ら答えていないといわざるを得ず、何ら説得力を持たないものである。以下、原審の判断が誤りであることを指摘する。

第二 原判決の各争点に対する判断について

一 憲法39等条違反

1 本件カルテル行為について、上告人らに対する刑事罰が確定し、かつ国から不当利得返還訴訟が提起されている状況の下において、本件審決は、二重処罰を禁止する憲法39条の規定に反し、財産権を保障する同29条及び法の適正手続を保障する同31条の規定の趣旨にもとるものである。

2 独占禁止法における課徴金制度は、一定のカルテル行為による不当な経済的利得をカルテルに参加した事業者から剥奪することにより、社会的公正を確保するとともに、違反行為の抑止を図り、カルテル禁止規定の実効性を確保するために設けられた行政上の措置として昭和52年に導入され、その強化がはかられてきたものであり、一方、民法上の不当利得に関する制度は、専ら公平の観点から権利主体相互間の利害の調整を図ろうとする私法上の制度であり、両制度は類似する機能を有する面がある(原判決45頁)。他方、刑事罰は、カルテル行為の反社会性ないし反道徳性に着目し、これに対する制裁として刑事訴訟手続によって科されるものであり、罰則も強化され、かつ平成2年6月20日、被上告人は刑事告発を積極的に行うことを宣言し、以後告発も積極的に行われている。

3 右の課徴金、不当利得(もしくは損害賠償)、刑事罰の3つの制度は、趣旨・目的、性質等を異にすることは明らかであるが、課徴金が社会的には一種の制裁としての機能をもつことは否定できず(原判決42頁)、そうであるなら、本件の如き同一のカルテル行為に対し、上告人らに3制度による経済的不利益を強制する事態が現実化する中で本件課徴金を賦課することは、重畳的に経済的不利益を与えたとしても二重処罰に当たらないとする合理的理由がなければ憲法39条に違背し、同29条、31条の規定の趣旨にもとるものといわざるを得ない。

課徴金制度は、いくら「行政上の措置」であるといってみても、カルテル行為による不当な経済的利得を剥奪するものであり、かつ社会的制裁であることは明白であり、実質的に不当利得もしくは損害賠償の制度と刑事罰と部分的に重なり合っていることは否定できないのである。

課徴金制度の導入時において、右の二重処罰に当たるとの危惧について、法務省自身も問題意識を抱いていた(昭和49年10月30日付独占禁止法改正試案について2課徴金(1)(2))ばかりか、昭和52年4月26日、衆議院商工委員会において、B参考人は「一方で罰則を適用し、そしてさらに課徴金を取る、また損害賠償の請求に応じて損害賠償を支払ってさらに課徴金を支払うことは二重に事業者に不利益を与えることになるのではないかという疑問がございます」と意見を述べているところであった(同委員会議事録17号3頁)が、当時は、刑事告発及び消費者からの損害賠償請求されることが稀であり、カルテルがやり得となっていたという背景もあり、せっかくのB意見も真剣に検討されることなく課徴金制度が導入されたという経緯があるところである。その後、日米構造問題協議の影響等の社会情勢の変化により各制度が強化されてきたのであり、一層二重処罰に当たることが明白になったのである。

また、原判決は、「そもそも国の提起した不当利得返還請求訴訟は、未だ第1審裁判所においてなお審理中であり、・・・・・現段階では、客観的には、国が主張している原告ら(上告人ら)に対する不当利得返還請求権の存在ないしその範囲自体が全く未確定の状態にある」(同43、44頁)と言及しているが、前記のとおりの制度自体の同時発動が憲法に違反するか否かが問題なのであり、即ち、右訴訟が審理中で請求権の存在等が未確定であるか否か以前の問題であり、右言及は全く的外れと言う外ない。

4 国は、上告人らから不当に利得した経済的利益のすべてを剥奪しようとして民法上の不当利得の制度による民事訴訟を提起しつつ、一方で「行政上の措置」として不当な経済的利得を剥奪する課徴金を賦課するものであり、両制度を調整しなければ、上告人らの許に何ら不当な経済的利得がなくなる可能性がある上に課徴金を賦課されることになるのであるから、この上はもはや制裁以外何ものでもなく、上告人らは既に刑事罰を受けているのであるから、これを二重処罰に当たるといわずして何というのであろうか。

5 しかるに、原判決は、課徴金納付手続において、それを命ずるか否かか、その額を定めるについて、被上告人に裁量の余地はないことなど手続面の覇束性に着目するなどし、「制度の趣旨・目的、性質手続等が異なる」と説明するだけで、本件課徴金が実質的に二重処罰ではないとの理由づけは何らなされていないのである。

二 独占禁止法7条の2違反・その1-課徴金賦課の基礎となる「売上額」の不存在

1 前記不当利得返還請求訴訟における国の主張のとおり、原告らと国との間の本件シール納入契約が無効であるとすると、課徴金賦課の基礎となる「売上額」が存在しないことになり、課徴金を賦課することはできないものである。

2 右に関し、原判決は、課徴金の算出方法につき施行令に定めるところを解説した上、「売上額」の算定上の控除の要因を控除・返品・割戻に限定し、かつ、それらはカルテル行為の実行期間中にされたものであることを要するとし、本件シール納入契約が無効であるとしても、カルテル実行期間中に対価の額の控除も返品もされていないとして、本件シールの「売上額」の算定に何らの影響もない旨判示する。

しかしながら、現実に国は、同契約が無効であるとして前記不当利得返還請求訴訟において、支払済代金の返還を求めているのであり、「売上額」の算定に関する右解釈を貫くとすれば、不当利得として上告人らから利得を剥奪する制度に何ら修正を加えることなく併存させたまま、一方で「カルテルのやり得」を剥奪するとして課徴金を科すことを認めるものであり、即ち、これは前記一の議論に収斂され、かかる下での課徴金賦課は二重処罰に当たるといわざるを得ない。

三 独占禁止法7条の2違反・その2-課徴金の算出基礎への消費税相当額の算入

1 本件審決が課徴金の算出基礎に消費税相当額を算入していることは独占禁止法7条の2第1項に違反するものである。

2 本件シール納入契約において定められている消費税相当額は、事業者たる上告人らが納税すべき消費税の消費者への転嫁部分にすぎず、その実質的負担者は消費者であるから、課徴金算出の基礎である「契約により定められた対価の額」から除かるべきは当然であり、原判決も、消費税相当額が上告人らの「不当な経済的利得」とみることができるかは疑問である、あるいは、施行令6条の「契約により定めれた対価の額」に含まれるものとして、課徴金の額を算出することの相当性については疑問が残る(64頁)としている。

しかしながら、原判決は、一般に商品の対価とは商品の販売価格を指す、消費税は法的納付期限が到来するまでは上告人らの許に留保されている仕組みである、独占禁止法が剥奪しようとしている事業者の不当な経済的利得の把握の方法として一律かつ画一的に算定する売上額に一定の比率を乗じて算出された金額を不当な経済的利得と擬制する立場を持っていること等を根拠として、疑問を払拭し得ないとしつつも違法であると未だ断定することができないと判示する。

消費税は、我国が将来高齢化社会を迎えることへの対応が1つの契機として導入され、その税率は国の税制度の政策的判断により変動することが予定されており、高齢化社会が益々進むという公知の事実から、それは将来も漸次増額される見込みであること、消費税は商品の価格に一定の比率を乗じて算出される平易明確なものであること等を考慮すると、右判示は誤りであるというべきである。

四 独占禁止法7条の2違反・その3-日立情報の課徴金納付命令の対象除外

1 本件カルテル行為に参加した事業者の一員である日立情報を課徴金納付命令の対象から除外した本件課徴金納付命令は違法である。

2 原判決は、行政事件訴訟法10条1項の趣旨等から上告人らの主張は、主張自体として失当と判示する。

原判決は、本件カルテル行為に参加した事業者である日立情報が、本件カルテル行為の実行期間において、社会保険庁との間で、本件シールの納入契約を締結した実績がないから、独占禁止法7条の2にいう「当該商品」の売上額がなかったという理由で課徴金を賦課する理由はないことは明らかと判示するが、右解釈は、同一カルテル行為の参加者がそれぞれ不当な経済的利得を享受している事実を無視する合理的理由もない偏ったものであり、カルテル行為者に対する課徴金賦課の公平さを害する恣意的解釈という他ないものである。

五 独占禁止法施行令(以下施行令という)6条違反-「契約基準」の適用

1 本件審決が、施行令5条の規定する引渡基準によらず、施行令6条の規定する契約基準を適用して課徴金の額を算出したのは違法である。

2 原判決は、施行令6条が設けられた趣旨や、同条にいう「著しい差異を生ずる事情がある」かどうかの判断は、施行令5条の定める引渡基準によった場合の対価の合計額と契約により定めれた対価の合計額との間に著しい差異が生ずる蓋然性が類型的ないし定型的に認められるかどうかを判断して決すれば足りるものと解すべきことを前提に、本件においては、カルテル行為の実行期間における社会保険庁からの本件シールの発注額は、時期ごとに均一ではなく、また契約締結から本件シールの納入期限までの期間も大部分は2か月半以上のものであり、9か月を超えるものも相当にのぼることが認められることから、被上告人が施行令6条を適用したことは違法なものと断ずることはできないと判示する。

しかしながら、施行令5条・6条によれば、「売上高」の算定方法について、あくまでも引渡基準が原則であるところ、「実行期間において受注する商品又は役務のみに係る場合」、つまり、需要者の注文に応じて製品を製作し、その完成に長期間を要する、例えば、建築、造船等の産業においては、右原則によれば売上額が実行期間内の違反行為に基づく事業活動の結果を反映しないこととなるため、例外的に契約基準によるものとしたものであり、本件シールの場合、製造自体に長期間を要するものでなく、契約締結日から短いものにあっては24日後から納入(引渡し)されており、納入が1回ないし5回に分散されているとしても社会保険庁の需要もしくは便宜のためになされているにすぎないものであること、現実に実行期間内に社会保険庁に引渡したシール代金の合計額に対する割合が上告人においては99.7パーセント、大日本印刷株式会社においては93.3パーセント、トッパン・フォームズ株式会社においては92.2パーセントであること等に鑑みると、建築・造船などの産業と異なり、前記「著しい差異を生ずる」蓋然性が類型的ないし定型的に認められないものといわざるを得ない。契約基準による場合は、あくまでも例外なのであり、本件シールの場合は、原則の引渡基準によるべきであって、契約基準を適用して課徴金の額を算出したのは違法である。

なお、原判決は、施行令6条の適用の可否の判断については、行政委員会である被上告人に一定の範囲で裁量判断の余地があることは否定しえないと判示するが、少なくともその判断が課徴金の額という上告人らの利益に重大な影響を及ぼす事柄であるゆえ裁量権の範囲は極めて限られたものに止まるべきであり、本件においては裁量権の範囲を超えているというべきである。

第三 結論

以上のとおり、原審の判断は、憲法の解釈に誤りがあり、かつ判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があり違法であるから、原判決を破棄し、更に相当の裁判を求めるものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例